恋の珍味売り

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 タロウと出会った日から俺は、ひたすらピアノを弾き、譜面を読み、音源を聴いた。  全身を流れるニートの血を、音楽家の血液と入れ替える。  4年も音楽から離れていた俺にとって、それは過酷な荒行だったが、不思議と辛くはなかった。  眠っていた俺の音楽的感覚が、徐々にではあるが、回復するのが実感できた。  週末にはタロウに音楽を教えた。  タロウはハコダテ北中学校、吹奏楽部の1年だそうだ。  音楽についてはズブの素人だったが、新入生歓迎のパフォーマンスにヤラレタらしい。  単純なアイツらしい動機だ。  などと考えている自分に、つい嘲笑が漏れる。  俺は何がしたくて、あんなガキに音楽なんぞ教えているやら。  ただの暇潰しにしてはズイブン熱心だな。  くわえていたタバコを灰皿に押し付けると、不意に玄関のチャイムが鳴った。  どうせ新聞の勧誘か何かだろうと思いながらも、俺は玄関のドアを開ける。
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