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シリウスは虚ろな目でドラゴンを見上げたまま、無機質な声で答える。
「少し掻き回しただけだ」
その言葉が先程の炎のことだと少しの間の後に理解した彼は、気付いた瞬間にはっとした。
そしてシリウスにさらなる疑問をぶつける。
「では、ドラゴンが引いたのは……」
「知らんな。あいつに聞いたらどうだ」
空を見上げたままのシリウスは、まるでその問いを予期していたかのように即座に答えた。
とはいうものの、その返答はしっかりとした答には全くなっていない。
言われた彼はシリウスの目線を追い、空のドラゴンに目を移した。
すると、そのドラゴンはあろうことか怯えたような弱々しい威嚇の声を上げているだけで、攻撃に移ろうというそぶりは全く見せていなかったのだ。
少しよく見てみると、その巨体には先程までの覇気が感じられないことがよくわかる。
簡潔に言えば、シリウスに怯えていたのだ。
大空を舞う、この世界では『圧倒的な力』の象徴ともされるドラゴンが、全長で言えば自らの十五分の一程度しかないたった一人の人間に怯えている。
いくら皇将とはいえ、ドラゴンに戦わずして勝つとは。
彼は、いや彼ら二人は驚きに打ちひしがれていた。
人をゴミのように蹴散らすドラゴンをたったひと睨みで圧し退けるなど、自分達と同じ人間の為せる業とは思えない。
そんな彼らの驚きを助長するかのように、ドラゴンは低く、しかし情けない雄叫びを上げると、そそくさとその場から飛び去って行った。
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