砂の上の町

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「イファナ」 「はい」 「ちょっと挨拶に  いってくる。  店の支度は頼んだよ」 「わかりました」 ギルドの加盟者は、町側が 備えているテントを借りて 店を出すことができる。 設営は各店だが、 それを専門に 請け負う者もいるので 問題はない。だから後は、 運んできた薬を並べ、 秘密を隠すだけ。 こんなことは、もう 十五年もやっている。 手慣れたものだ。 実はイファナは、 捨て子だったらしい。 覚えていないけれど、 流浪の民が利用する 砂漠の真ん中の井戸の そばに、ぽつんと 座っていたのだという。 辺りには親らしき姿もなく それどころか、人の姿も なかったという。たまたま 通りかかったカーナンが 不憫に思い、引き取って くれたのだ。 イファナという名も カーナンが付けてくれた。 カーナンは、なんとも 厳しい母だった。 三つほどの子供であった イファナにも、容赦なく 荷を背負わせ、雑用を命じ そして、術を仕込んだ。 薬の扱い、占いの読取り 呪いのかけ方なんかも。 だから、イファナにとって カーナンは親というより 師匠なのだ。でも、 それをつらいと思う ことはなかった。 修業も嫌いではなかったし たぶん、向いていたのだ。 薬師も魔術師も。 その証拠に何年か前に、 カーナンも、お前は 見込みがある、といって くれたことがあった。 最近は、薬師の仕事は ほとんどイファナが 担当している。カーナンも 信頼してくれている と思う。魔術師としても、 たまには依頼を こなしている。 イファナとしても、 この道で生きていく 覚悟ができてきた。 バサッバサバサ… 風が強い。今夜はかなり 吹き荒れるだろう。 町の中でよかった。 こういうときに流浪の民は 自分たちのはかない 身の上を痛感するのだ。 砂漠は、脆弱な人間が 生きるには過酷すぎる。 たぶん明日は快晴になる。 そんな予感がする。 この市はきっと、 にぎやかなものに なるだろう。しっかり 稼がなければ。 住居を持たぬ者は 己の才覚だけで 生きるのだ。 でも、常とは違う この胸の高鳴りは なんなんだろうか。 何かがはじまる 予感がする。
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