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妻の言葉にワシは少なからずへこんだ。自分の奇行もさることながら、妻にまったく心配している様子が見受けられなかったからだ。
「ワシな、今日起きた時な、自分がどこにいるのかわからなかったんじゃぞ」
「あらあら。とんだ迷い子さんですねぇ」
「なんじゃそのリアクションは。少しは心配したらどうだ」
「心配なんてしませんよ。だってあなた、何を忘れても、私のことはきちんと覚えているじゃありませんか」
妻は嬉しそうに微笑んだ。ワシは気恥ずかしくなって、天を仰いだ。月が花火の光を浴びて万華鏡のように色を変えながら輝いている。そのままの体勢でワシは話し掛けた。
「……いつかは、お前のこともわからなくなるかも知れんぞ」
「その時は、そうですねぇ。じっちゃまを殺して私も死にます」
「物騒な事を言うな!……忘れるわけないじゃろ。夫婦なんだから」
「夫婦ですものね」
「ははは」「ホホホ」
ワシらは手を繋いで笑いあった。どこからか若者の悲鳴のような声が聞こえたが、そんな事は関係なかった。
これは翌日になってからの話ではあるが、その悲鳴が、
『怪奇!封鎖されたドムトールで老人の笑い声!』
というゴシップ誌の記事の伏線であった事に、ワシも妻も気付いてはいなかった。
我々は光の街の伝説になったのだ。悪い意味で。いやまあ、完全に余談である。
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