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マニュアル的に和子を案内するも、まだまともには彼女を見る事ができない。
だが二台しかないうちの一つ、向かって右側のシャンプー台の椅子に手を沿わせ指し示すと、和子は黙って腰を落とした。
(うわっ、素直についてくる。でもこのお客さんを……シャンプーだなんて)
正直、内心で店長を責めた。風香にとっては気味が悪いままだ。だがそれに加えて一番厄介なのは“トリートメントA”である。
(今の私に出来るかなぁ)
先程までの気味悪さを心から追い出し、何とかシャンプークロスを掛け椅子を倒すまではできた。
和子の顔にフェイスガーゼを乗せた所で、風香は瞬時に逆襲の鋭い視線を真に向ける。
槍で刺されるような痛い視線に、真は胸を押さえてグワッと大仰にのけ反った。かと思うと、変なサインを送ってくる。
両手で胸にハート型を作り、シャンプー椅子に寝ている和子を指差してまたハート型を作り、それを和子に与える仕草を風香が頷くまで繰り返す。
――溜め息が出そうだった。が、風香は眉を落として甘んじて頷く。
(今回は店長がやれば絶対なのに……。私のこんな気持ちで、どこまでできるんだろ)
半ば身を任せてくれている和子の露出した腕を見ると、つい目元が引き攣ってしまう。
そんな思いをかなぐり捨てて、まずはいつもの要領で乱れた長い黒髪をお湯で流した後、シャンプーの種類を選ぶ。
成分は同じだが、お客様の癒しを目的に様々な花の香りを用意してあるのが『†TRUTH†』のやり方だった。
(うぅ、この人には……)
風香の手は迷う。
今までなら、とまた過去を振り返るが今はそんな事を気にしてる場合では無い。
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