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風香は不安になり、セット面付近でうろうろしている店長にボトルを指差し“これ?”と視線を向ける。
彼は首を捻る。そのたびに風香は別のボトルを指差し“これ?”と繰り返しサインして聞くが、どれも彼は首を捻るだけだ。
(ったく店長ったら! 要するに“自分で選べ”て事ね! いいわよっ。バシッと決めてやるわよ)
膨れっ面になる風香を見て、真は声を殺して腹を抱え笑いを堪えた。そして悪戯っ子のように“あかんべー”のサイン。これは、頑張れよという意味を含んでいる。つまり、愛のムチに遠いようで近い彼なりの励まし。
眦(まなじり)をあげて、風香が和子の言動を辿り選んだのは――。
黄色の薔薇のエキスが配合されたシャンプー。
(花言葉は、嫉妬や愛情の揺らぎ。今の和子さんにピッタリよね)
だが癒しでは無い。どちらかと言えば、和子の心境に合わせただけである。
だが――。
「何だか……私にピッタリな香りがする」
皮肉を込めたシャンプーの香りに、和子は虚しい響きを口にした。
それはまさに自分の心で自分を洗っているような不思議な感覚。和子の目尻に伝う涙を垣間見て、風香は沈痛な表情を浮かべる。
「す、すみません! 今、これしか浮かばなくて」
「いいえ……いいの。醜い香りに感じるのはきっと、私だから」
風香に悪気は無い。だが、どこか偏見を持って彼女を見ていたのかもしれない、と瞳を伏せながら彼女は仕事を進めていく。
(ガーゼの下で、この人はどんな瞳で涙を流したんだろう。……ごめんなさい)
失敗した、と思った。
店長の真に謝罪を込めて視線を移すと、彼は“グッド”と親指を立てて微笑んでいる。
風香にはまだその真意が分からない。自分の選択で、相手の傷を更に大きく広げてしまったのではないかと……自責の念に駆られるだけであった。
そんな事を考えながらも、彼女は次のステップへと進む。
『トリートメントA』。それ自体が風香にとってはプレッシャーである。
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