398人が本棚に入れています
本棚に追加
これは慎重に選ばねばならない。
(トリートメントはお客様の心を開放させ、新たな息吹を与えるもの。私は、彼女の気持ちを汲んであげる事ができるだろうか)
ましてやAコースだ、と重責を胸に集中力を高める。
普段の傷付いた心のダメージを取り除く為のトリートメントとは違い、Aコースはシャンプーを施した者が魂から溢れる力を込めて相手の浄化を願いながらマッサージを加える。が……。
(店長ぉ、私自信無いよぅ)
半泣きで店内にいる筈の真を探したが、見当たらない。
(うぐっ。店長逃げたなあぁー……って、違うかぁ)
そう、風香には真の意図が分かっていた。
甘えるな――という事だ。
誰かが側にいれば自然と甘えたり頼ってしまう。それが自分より上の立場なら尚更だった。特にこういう時は助けを求めてしまう。
(失敗は許されないよね。仕方ないなぁ、頑張ろう)
これもまた、自然のエキスを配合したトリートメントを使う。だが一歩間違えれば大変な事になるのだ。
せっかく来店したものの、もし失敗すれば更にこの世の執着を強め、再びさ迷う魂となってしまうからである。行き過ぎれば悪霊となり、害を成す事にも成り兼ねない。
風香は此処を勤め始めるにあたり、最低限その事だけは口酸っぱく聞かされていた。
そう、今までとは勝手が違う。以前は天国に近い美容室だった為、どんな仕事を与えられても失敗という事は無かった。
――だが此処は、この世とあの世の狭間。一人の人間の魂を浄化させられるかどうかが問われる美容室。
今になってその重大性に思い至り、風香は手が震えた。が、そこはプロ意識で何とか再び意識を集中させる。
和子の髪を綺麗に流し終えると、椅子の背もたれを上げて体を起こした。大人しくしている和子の髪をタオルドライしながら、風香はずっと頭の中で模索する。
(この人には何がいいだろう……いや、待って。もっと心の目で彼女を見よう。きっと彼女に合ったトリートメントがある筈)
最初のコメントを投稿しよう!