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(和子さんに心の安らぎを――)
その想いを込めて、風香は自らの魂の力を指先に集める為に集中力を上げた。
体内から湧き上がる碧い陽炎(かげろう)が、ゆらりゆらりと揺らめく。しかしその力が指先へ集まるのには時間を要した。
つまり彼女の持つ“癒しの力”が碧い陽炎となり、塗布した“浄化の鍵”となるトリートメント剤と融和されて相乗効果を与えるのだが、これにはかなりの集中力と想いの強さが必要となる。
それが受け手側の意識と合致すれば魂は浄化、すなわち“スッキリ”するのだ。
その感覚をお客様が掴めば、もう“執着”から解き放たれた事になり、後の施術が容易に出来て昇天を果たす。
ただこの時、浄化の鍵となるトリートメント剤の選択を間違えればお客様の意識の不一致となり、迷えるお客様の魂は狂気に捕われ、再び“この世”に留まってしまう。
この『†TRUTH†』という美容室は、いわば“迷える魂の昇天を助ける窓口”なのである。
風香にすれば、今まで“天上界”に存在する“更なる癒しの場”という楽天的な空間での仕事から、地獄の空間に転職をしたような過酷さを今味わっているといったところだろう。皮肉にも、本人はそこまで深刻に考えていなかった為、少々困惑していた。
だが確かに人の役に立つ仕事である事には変わりない。
それは仕事をする上で何よりも優先すべき条件のひとつであり、真の誘いに乗った一番の理由。風香自身の“役に立ちたい”という強い願望でもあった。
ただ、環境の違いが想像の域を超えていただけの事である。
(とにかく、この人を浄化させて救いたい。私のような程度の力でそれができるなら。うん、私は……私は、和子さんの笑顔を見たい!)
その強い想いが届いたのか、風香の中の癒しの陽炎がようやく指先に伸びた。
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