初めてのお客様

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 碧い陽炎と次第に醸し出される香りが融合する。  その力が、揉み込むたびに和子の髪と頭皮に万遍なく行き渡り、魂の底に吸収されていく。下から持ち上げるように両手指で揉みながら、徐々に前方へ手を移動させる。  が、風香の藍色だった瞳は“それ”を見ているわけではない。いつの間にか彼女は自らの意識を解放していた。  そのせいか、瞳が乳白色に染まり、彼女の癒しの魂から生まれる特異な力によって、トリートメントAの効果と同化していく。体が別物のようにその行為を続けていた。  和子は全てに身を任せていた。髪に撫で付けられたトリートメントの香り。魂の底から和らげるような頭皮マッサージ。  やがて、風香の力とトリートメントAの効果が現れたのか彼女の表情は穏やかになり、目尻から温かな涙が一筋流れ落ちた。 「――ああ、そうよね。……彼がいたから、私は頑張ってこれた。そして……何より幸せだった」  和子が今、何を感じているのかなど誰にも分からない。少なくとも、コースと選択は間違っていないようである。  和子はまるで目の前に“彼”、つまり和馬が立っているかのように独り言を呟いている。その瞳はもう先程までとは違う。愛しい者を温かく見つめる慈愛を含んだ瞳だった。 「ごめんなさい和くん。私があなたを縛っていたのね。揺れ動く感情に流されて嘆いてばかりいたけど、違った。私達は――ずっと、人として親子として愛を育んでいた。そしてこれからも、変わらぬ愛を胸に……。だから、新しい命を繋いで幸せになって欲しい。私は……この場から旅立つわ。今まで、ありがとう」    愛の形を定める必要など無かったのだ。共に人生を歩み、互いが支え合っていた。その愛は血縁や立場の垣根を越えて、不動のものとして育んできた。  それが、和子の愛の証。形では無い、という答え。  
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