398人が本棚に入れています
本棚に追加
その後の風香は明るさを取り戻し、スマイル全開で対応を済ませた。
和子の清らかな豹変ぶりに小さく驚き目を見張ったのは、バックルームからようやく顔を出した真である。
そんな真に風香は藍色の瞳をすがめて、妖しく口角を上げながら和子をもと居たセット面に案内した。
真は風香の視線に応えるように、和子を見て交互に視線を動かす。
(ふふん、やりましたよ店長)
風香の自慢げな瞳に真もよくやったと言わんばかりに、にたりと微笑む。
互いに視線で会話する。ただのアイコンタクトというにはあまりに複雑である。彼らの会話は少々奇妙なのかもしれない。
仕事の途中、お客様に悟られないようにする為増える目の表情と会話。その仕草ひとつひとつにも意味がある。だからこそお客様への気配りもできるのだろうが……。
今回は風香の『してやったり』の視線に真も皮肉を込めて口角を上げる。
そんな背後のやり取りに気付く事の無い和子の表情はとても穏やかだった。真っ直ぐ鏡を見つめ、様変わりした自分の姿に満足しているのか清々しい笑顔が零れている。
「和子様、執着が取れたようですね。では、先程言っていたスタイルでよろしいですか?」
「……そうね。でも少し軽さを出したいわ」
心の垢が取れたせいだろうか。躊躇いがちに頬を少し赤らめ、スタイルチェンジを要求するまでになった。
これは良い傾向である。新しい自分へのステップを意味するからだ。
真は鏡ごしに爽やかな笑顔でそれに応えた。
「そうですね。今の貴女には軽さを出したボブラインのスタイルが似合うでしょう。お任せ下さい」
それだけ言うと、真は先程使ったハサミとは違うものを腰にぶら下げたシザーケース(バッグ)から、黄金色に輝くハサミを取り出した。
斜め後ろの壁際の定位置に立っていた風香がそれを見て、藍色の瞳を輝かせ高揚した表情を見せた。
(ああ、今なんだ! 今この時に使うんだったんだ。店長の技が、ようやく始まる!)
最初のコメントを投稿しよう!