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浄化され昇天する時というのは一瞬であり、見送る者の言葉を挟み入れない。
和子は柔らかな笑顔を浮かべて、霧のように消えていった――。
「浄化、したんですね。オープン記念のプレゼントも渡せないままだし」
「ああ、意外に早かったなぁ」
「は、早いですか!?」
「うん。きっと風香くんのトリートメント技が良かったのかもね。ま、そのうち慣れるよ」
何か言いたげに口をパクパクさせる風香だが、どう反論したものかと顔を引き攣らせるも、ハッと何かに気付いた様子で真に詰め寄った。
「店長! あの、スプレーがいつもと違うんですけど」
「ああ、今までのはホラ、天上界での使用だったからだよ。ガーベラピンクは“崇高美”を意味するだろ?」
でもここは世界が違う、と真は回りを片付けながら言葉を続ける。
「ここは以前とは違って迷える魂の昇天を助ける場だからね。どうしてもそれに見合った仕上げが必要だ。ちなみに、風香くんは桜の意味知ってる?」
風香なりにカチンときたのか、桃のように頬を膨らませ藍色の瞳をすがめた。
「知ってますよ! “精神美”でしょっ。……でも私、この世界がこんなに大変で怖いとは思いませんでしたよー」 風香なりの表現であろうが、少々間延びした語尾は小さかった。真は怪訝な表情を浮かべ右手で自分の顎を摩る。少し思案しながら風香を尚も凝視して言った。
「もしかして……甘く見てた?」
「だって最初からあんな……うぅ」
真はどこか安易に考えていたのであろう風香に、再度の説明を要すると判断したのか、溜め息まじりで一旦ドアに掛けた札を閉店に切り替えた。
「どうやら、もう一度話しておかなきゃいけないみたいだね。いや、俺の説明不足だったのかもね」
「はい……お願いします」
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