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この世界には朝も夜もない。いや、正確には時を知らせる感覚がない気候――というところか。“白夜”というには仄暗い世界空間。
不思議な事に時間というものが存在するのは『美容室†TRUTH†』の中だけである。
外は常に灰色の空と海。誰も、何もない浜辺。その中でたった一軒だけ存在を許されているかのように佇む『美容室†TRUTH†』。
窓を開ければ、湿った海からの風が唯一ここに自分が“存在している証”だと思える。
だから心地いい。
「今日こそビビらず頑張ろう」
「今日こそプレゼントできればいいね」
背後から聞こえた真の言葉に風香は肩を竦めてみせる。
「毎回あーんな感じで昇天するならもう無理ですよー。せっかく焼いたクッキーも賞味期限切れちゃいますから、私がいただきます!」
藍色の大きな瞳を輝かせ下心丸見えな発言に、真はフロントの後ろ棚を振り返る。藤の四角いボックスに詰め込まれた幾つものビニール袋の数が、一目で半分に減っていたのが遠目にも分かった。
彼はクッキーの入ったプレゼント用の袋に近付き、軽い溜め息と共に肩を落とす。
「……いつの間に。まあ、予想はついてたけどね」
苦笑いを浮かべて袋の数を確認する真がガサゴソと漁る姿に、風香が申し訳無さそうに忍び寄る。
「すみません……。昨日お店閉めた後食べちゃいました。あ、店長の分ありますから」
そういう問題ではない、と言いたげな視線を向けたがすぐにバレる事を平気でしてしまうのが風香だ。そして、風香は最初に言った自分の言動を反省する――あれは過去形にすべきだったと。
「でもせっかく飾り付けたものも、こうなると貧相だねぇ。無くてもよかったかな?」
片手につまんだピンクのビニール紐が、妙な形にのびていた。
「あ、ああ……へへっ。蝶々結び……苦手なんで、玉結びに」
引っ張り過ぎだろう、と真は頬を引き攣らせた。
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