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結局、しぶしぶ風香は自分のすべき事をするしかないのだ。
ナナをシャンプー椅子に案内し、そのまま背もたれを倒しフェイスガーゼを掛けた。
その時、背後から真が白いシャンプーボトルをスッと持ってきて、目の前に置いた。
(店長、なんですか?)
風香の疑問視に、真は必死でそれを指差す。つまりこれでシャンプーをしてくれというのだろう。
お客様に見えないとはいえ声は出せない。互いに身振り手振りと視線でやり取りしながら、風香はシャワーのお湯を出した。
(これで? 初めて見るなぁ。まあ……いっかぁ)
風香は新たに試す商品に戸惑いながらも承諾するしかなかった。いずれにしても、何も考えなくてもいいのだから楽である。
正直言えば、ナナにはどんなシャンプーの処方箋を与えたらいいのか悩みどころだった。
パーマ前のシャンプーなら汚れを落とすだけでいいとはいえ、やはり精神的作用を考慮しなければならない。となると、今の風香の心境ではまともなものを選択できず、ただ不快感だけを与えてしまっていただろう。
(とりあえず、むかつく感情を抑えてシャンプーしよう)
それがプロだ、と言い聞かせながらも示された材料に胸を撫でおろす。
「あのさぁ」
「はい?」
いきなり話し掛けられ、咄嗟に声が裏返ってしまったが、また何か文句をつけるのかと警戒する。シャワーの音がやたらと響いたまま、風香はナナの言葉を待った。
「アタシ、最近髪洗ってないからちょっとクサイかもしんない。マスクした方がイイかもよ?」
――え?
意外な言葉だった。
あれだけ横柄な態度を示してきてたナナが、白いガーゼの下で言ったのは紛れもなく『配慮』。
「クサイっしょ? ごめんね。まさか美容室に来るって自分でも思わなかったからさ」
「あ、い、いいえ! 全っ然大丈夫ですよ!」
(うわ反則ぅ。結構良い子じゃないのぉ……なのに私ったら)
実は素直で正直なだけなのかもしれない、と風香はナナのギャップに心を震わせ、見誤った事を内心詫びていた。
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