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真の思惑は当たった。
やがてセット面に帰ってきたナナを凝視しながら、今更なカウンセリングを始めて数十分。
「だからぁー、つーかここ“ヘアカタ”無いの?」
「必要無いんですよ。ところで、ナナ様はストレートの方が似合うと思いますよ? バングを厚くした前下がりに……」
「前髪厚くするの? それってさぁ……顔出すって事だよね? どっちかっていうと半分ぐらいは垂らしたいんだけどぉー?」
互いの主張が交わらない平行線の会話。既に三十分は経過しているが、いっこうに話が進まない。もちろんヘアスタイルもだ。
背後で見ている風香もさすがに苛立ってきたのか、溜め息を隠すように窓の外へ視線を移した。
海が霞む程、鈍色の空は重さを増していた。静かに波音が風香の耳をくすぐり変に心地良い。
(このまま身を任せれば……そう、私は深い眠りに――っと、いけない! 虚無感に飲み込まれそうだった、っと。なんだったんだろ今の感覚。ああ気をつけなきゃ)
――ほんの一瞬だった。
誰の中にでもある感覚の一部には、マイナスなものもある。苛立ちから逃げるように見た外の景色に、風香のマイナスな感覚がシンクロしてしまえば飲み込まれてしまうところだ。
堕ちかけた意識を引き戻せたのは、真と言い合うナナのヒールが床を叩いた音のおかげでもあった。
これはどこの世界でも同じである。だが天上界でそれを感じる事は無かった。あったとしたら、プラスの感覚。それは喜びや幸福、感謝など――。
口元を引き締め、視線を店内に振り返ろうとした刹那――海に、何かがいた。
彼女はもう一度外を見る。海と空の境界線が霞んで見えない中、こちらに向かって歩いてくるものが在った。
――黒い影。
(あ、あの人は……これから来るお客さんかな? でも、なんて禍々しいんだろう)
遠くからでも分かる。
黒い影から彼女が感じるのは、妬みや嫉妬そして――。
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