†偽りの裏†

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「ナナ様。何か思い出せましたか?」  真と風香は自然を装いながらナナの傷んで絡まる髪の毛をほぐし、ごく当たり前のようにストレート剤を塗布していた。  真がナナに話し掛けている間、風香はただ黙々と施術を行いながら耳をそば立てる。 「……別に、アンタには関係ないじゃん」  噛んでいた爪先を親指でなぞりながら、ナナは彼を睨み据える。  その視線から伝わるのは――拒絶。  だが真は苦笑いを浮かべた後、作業をする手を止め、意を決したように真顔で言った。 「ここは、あの世とこの世の狭間に建てられた『さ迷える魂』を救う美容室です。どんな事でも、お客様がこの店に来店された以上、私に関係無い事などひとつも無いのです」 「はあ? 『さ迷える魂』ってアタシの事? ふざけんじゃないわよっ。アタシはただ歩き疲れてたまたま……」 「本当は分かってるんでしょ? 自分を偽るのは辞めましょう。でないと、ヘアスタイルも上手くいきません」  真実は、ヘアスタイルという媒介によって魂を浄める――それが『霊界美容室†TRUTH†』なのだ、と言わんばかりの遠回しな言葉。  ナナは大きく目を見開き、何かを言おうとする唇が僅かに震えている。その間も、窓の外に佇む黒い影はまるで誰かを見張っているかのように、こちらを向いて動かない。  暫くの沈黙。  やがて、ストレート剤の放置タイムになった時、無表情でナナを見据える真に柔らかな笑顔が戻った。傍らで風香は黙々と後片付けと次の準備をする。 「大体、察しはついてますよ。いろいろ精神的な苦痛を味わったんですね」 「――っ! アンタなんかに言われたくないわよっ」 「じゃあご自分で話して下さい」  ナナは唇を悔しげに噛んで、どこか得意げな真を睨み据える。 (うわぁ、なんか嫌な空気。店長も結構チャレンジャーだなぁ)  黙って聞いていた風香は身の置き所が無かった。見えない火花が互いの間で繰り広げられているようだったからだ。  だがようやく観念したのか、ナナは鏡に映る自分自身に視線をずらし、まるで遠い過去を重ねるように視線を落とした。 「ホ、ホントはね……」  ナナが口を開いたその時、窓の外にいた影がひそかに動きをみせた。  
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