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「アタシが……悪いの」
俯き加減で呟くナナは、黒い影が動いた事には気付かない。が、微量な風の動きで真と風香には感じ取れた。
真は視界の端に映る影を無視したまま、ナナの呟きを拾った。
「それは、何故ですか?」
その声は、柔らかな真綿の如く優しい。
促されるようにナナの口から言葉が紡がれる。
「アタシが、初めて好きになったのは――親友の彼氏だった。アタシが、彼女を裏切ったから……」
まるでナナの言葉に呼応するように、ズルリと影が店に向かって移動する。近付く影は人の形ではあるが、全体の輪郭はぼやけていた。
ちょうど窓とは向かい合わせになるシャンプー台の位置に立っていた風香は、その距離は遠くともゆらりと動く影に釘付けとなった。
(や、やだ……一体あの影は何なの? だんだん近付いてるようなのに姿がハッキリしない)
まるで囚われた者のように、風香の表情は怯えながらも視線を背ける事は出来なかった。よもや一気に襲い掛かるのではないかという懸念なのか、ただの恐怖からなのか分からない。
だが確実に風香の不安と恐怖心という琴線に触れている。
なのに、手前に立つ真は飄々としてナナと会話を続けている姿が、風香の目には不思議な光景に思えた。
「彼女、奈穂はアタシをずっと恨んでるの。だから気が付くといつも恨みのこもった視線を感じてた」
「なるほど。そして自分自身を偽る事で、逃げていたんですね?」
「べ、別に、逃げてるわけじゃないけど! 過去をあんまり振り返るのってさぁ、ダサいじゃん!」
真は訝しんだ。
親友との話をした時とはうって変わる態度。自分自身への偽りはまた別の所にあるようだ。
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