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ナナにとって本名は本来の自分自身を照らしているのだとしたら、かなり強度な壁で自らを閉じ込めてる事になる。
“偽り”を“虚飾”に変える者は多い。
内心、真は頭を抱えながら一液放置タイムを終え、薬剤の浸透具合いをチェックした後、彼はナナをシャンプー台に案内した。真自らがシャンプー台に立つと、風香が瞳を大きく見開き意外だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「ああ、いいよ。ここは」
俺がやるから、と目で合図を送り、風香は頬を引き攣らせた。
彼女の危惧は黒い影。
(うぅ……こういう時は店長の側に立っていよう)
できる事なら少し距離を置きたい存在に視線を向けると、影はあと数歩で窓枠いっぱいになる。
(入口はそこじゃないですよー)
心の中で指摘するのが精一杯な風香はどうにも動けず、真の背後に立つ事で慰めにしていた。
背後で一人怯える者に構わず、真はナナの髪を流しながら思案する。
――彼女には、失った“自信”が必要なのかもしれないが……と。
確かに、ナナが親友を裏切ったという罪の意識は想像に難くない。
彼女の罪の意識が象徴化されたもの――それがあの“黒い影”。だとしたら、まずは先にそれをどう取りのぞくか、というのも課題のひとつとなる。
真には分かっていた。あの影はまさに“想像の産物”だと。
「熱っ!」
「あっ、すみません!」
「アンタ本当に店長さんなの? お客に熱湯被せてどーすんのよっ。さっきの女の子の方が丁寧だったわよっ」
「うっ……すみません」
店長とはいえ、たまには失敗するものだ。と、風香は背後で自己完結して頷いた。
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