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「えっ、お客さんですか?」
風香は真の素早い行動に慌て、入口を振り返った。
そこには、ノースリーブの真っ赤なワンピース姿に、腰まで伸びた艶の無い黒髪の女がぽつんと立っていた。が、彼女の肌は青白く、顔を隠すように俯いている。その様子が、風香の目には異様に映った。
やがて思い出したように風香が歓迎の挨拶をするも、当の客人は全く反応しない。
先程の突風で落ちた観葉植物も気になるが、風香は身動きが取れない程その客人に釘付けとなった。
「風香くん。散らかったものを片付けておいて」
改めて彼が店長である事を認識させられる。咄嗟の指示によって、不確かな呪縛から開放された風香は安堵した様子で身を翻した。それ程までに重く、鉛のような吸引力を全身に感じていた。
(ああ、やっぱり店長は頼りがいあるなぁ)
普段は柔和だが、いざという時は剛毅なまでの姿勢をその身に宿している。だからこそ、冷静に対応できるのだろう。
とはいえ、上に立つ者は皆即座の判断力と柔軟な対応が出来なければ務まらないものだ。
それが、どんな相手であろうと――。
風香は窓辺に落ちた小さな観葉植物の土と植木鉢を片付け、突風で乱れた店内のワゴンの位置やクロスを整えながら、この店初めての来客と店長の対応に耳を澄ます。
その女性は既にセット面に案内されていた。
「今日はどのぐらい切りますか?」
「……短く……短く、して」
途切れ途切れに言う女性客の声は、地を這うように低く震えていた。正面の鏡を避けるように未だ俯いたままだ。
風香はその声を聞いて、背筋に冷たい悪寒を走らせた。
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