1 散りゆく桜

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――――幕末。 その屋敷には、大きな桜の木があった。 ずいぶん古くからある木のようで、太く、ごつごつとしたふしが目立つ。 枝には、小さな蕾がついていた。   春を感じさせる暖かな日差しと桜とが 白い土の上に影を落としている。 その影の中に、桜を背にして座る、一人の青年の姿があった。 ―…彼の名は、沖田総司―…。 壬生の狼として恐れられ、しかしながらその性格ゆえ人々に愛された青年である。   彼は人の良い笑みで空を見上げていた。   彼の視界に入っているのは 大きな桜の枝と、雲一つない青空。 空をぱたぱたと小さな雀が行き交うと、彼はその笑みをなおいっそうほころばせた。   不意に、眉を潜めてうつむき、手ぬぐいで口を押さえた。 ごほ、ごほんっ 鈍い咳の音が、乾いた空に響く。   「…くふっ」 小さく喘ぎ、唇を噛み締める。 そっと口に当てていた手ぬぐいを外し、視線を落とすと、赤い染みが滲んでいた。   ――――…結核… そう呼ばれる不治の病が、彼の体を蝕んでいた。   ざり。   砂を踏みしめる音。 総司は、顔をあげることもなく、視線を手ぬぐいに落としたまま、呟く。 それが誰か、分かっていた。 「…土方さん……私は―――」 その言葉の続きを、土方と呼ばれた者がさえぎる。 「…総司、おれぁ行く。」   短い、言葉だった。   …ああ、総司は心の中で納得した。 そして、再び口を開く。   「行って、待っていてください… 元気になったら すぐ 追いかけます………その、誠の旗印の元へ。」 顔をあげ、にこりと微笑んで見せる。   土方と呼ばれた者―――新撰組副長土方歳三は、唇をほころばせた。 「――…ああ、待ってらぁ。……お前がいねぇと、」 そこで言葉を区切る。   そして、くるりと総司に背を向けた。 「…それじゃ、またな。」 そう言って、彼は門の方向に歩いてゆく。   「…さようなら、土方さん」 ―――土方の背中に向け、総司が別れの言葉を口にする。   その言葉を背中で聞いた土方は、 唇を噛みしめ、眉を潜め、こぼれ落ちる涙を必死でこらえていた。 ―――――総司の言葉に、『再び』を約束する言葉は、なかった。   ************* 土方が門の外に消えたのを見届け、総司は息を吐いた。 そして先ほど遮られた言葉の続きを呟く。   土方さん、私は――――…もう 長くはありません…   その言葉は、空に消えた。
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