【職場】

2/6
前へ
/21ページ
次へ
 仕事をし始めて日も経つと、ようやく涼子の言っていた意味を知ることができた。  この屋敷にはじつに何人もの人が出入りしている。  一応職員らしいが、身内感覚で出入りするものが多い。  安藤と同じように住み込みの者と、頻繁に出入りする者の顔は覚えてきた。  そして、ふすまや障子で仕切られているだけのこの屋敷では、会話の端々がよくもれ聞こえてくる。 「……は、俺……管轄外で……」 「大丈夫……!やるしか……」 「浩……任せ……よー」 「馬鹿い…。……いない……押し付け……か」  明るい声。  沈んだ声。  たしなめる声。  日常で聞かれる声であるはずなのに、そこに内容が加わると安藤に震えが走る。 「姉さん。庭にまた……が」 「あら嫌だ」  会話の中、頻繁に安藤の知らない言葉や名が入る。  ただこの屋敷にいない人物の話をしているわけではない。まるでそれは、ここに在るかのように会話はなされていくのだ。  当たり前なのだと。  今も会話をしていた職員の一人が庭に出て、何かをしている。祈るような踊るような。  静かな動きの意味を安藤は知る由もない。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加