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仕事をし始めて日も経つと、ようやく涼子の言っていた意味を知ることができた。
この屋敷にはじつに何人もの人が出入りしている。
一応職員らしいが、身内感覚で出入りするものが多い。
安藤と同じように住み込みの者と、頻繁に出入りする者の顔は覚えてきた。
そして、ふすまや障子で仕切られているだけのこの屋敷では、会話の端々がよくもれ聞こえてくる。
「……は、俺……管轄外で……」
「大丈夫……!やるしか……」
「浩……任せ……よー」
「馬鹿い…。……いない……押し付け……か」
明るい声。
沈んだ声。
たしなめる声。
日常で聞かれる声であるはずなのに、そこに内容が加わると安藤に震えが走る。
「姉さん。庭にまた……が」
「あら嫌だ」
会話の中、頻繁に安藤の知らない言葉や名が入る。
ただこの屋敷にいない人物の話をしているわけではない。まるでそれは、ここに在るかのように会話はなされていくのだ。
当たり前なのだと。
今も会話をしていた職員の一人が庭に出て、何かをしている。祈るような踊るような。
静かな動きの意味を安藤は知る由もない。
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