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AM8:00
ダイニングに慎ましく漂う芳醇な珈琲の香が鼻孔をくすぐり、満ち足りた気分でテーブルにつく。
まだ産業革命の波が押し寄せる以前、西欧貴族はこのような心持ちで朝の爽快さを堪能していたに違いない。
広げた新聞の記事が、ゴシップばかりの、週刊紙といい勝負の下世話な内容なのが汚点である。
せめて霧の街の探偵が愛読していた「タイムズ」であったらなら。
―――起き出でてわれ朝(あした)に街をいづれば
路の敷石に足音高くひびきて
太陽の若き光は古びたる瓦を暖め
Lilasの花は家家の狭き庭に咲く
うららかに澄渡りて狭霧なき空気に・・・
ガタガタタ、バタン!
「ああああっ!もうっ!」
どうやらワトソン役のお出ましのようだ。
この、ワトソン君、鷹祐がうっとりとくちづさんでいた詩の世界を台無しにしたことなど、全く気付いていない。
「遅刻だ遅刻!」
優雅にページを繰っていた、名匠の手になる彫刻のような繊指が止まり、場をわきまえぬ侵入者に避難の眼差しを送る。
「朝っぱらから無粋だねぇ」
無粋呼ばわりされた息子、秋月蘇芳は、がちゃん、と音を立てて朝食をお盆ごとテーブルに乗せた。
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