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「宗ちゃんてば、ホンットいい子だなぁ」
「いい子なんて、そんなじゃないです。俺不器用なもので、実技が全然ダメなんですよ。だからこういうレポートで頑張らないと」
蘇芳の目には彼の頭上に天使の輪っかが見えた。
何にでも手を抜かない一生懸命な後輩。
世の中、親父みたいな非道な奴ばかりじゃない。
早朝からの過酷な労働、自宅から駅までの猛ダッシュにより疲労した心身が、みるみる癒されるようだ。
この殊勝さの一割でも、馬鹿親父に備わっていたなら。
「宗ちゃん、そのうち爪のアカ貰うかも」
「え?」
渡辺の左右色の違う瞳が、戸惑いを露にして見開かれる。
「俺、宗ちゃんみたいな弟欲しかったよ~」
ぽんぽんと、渡辺の青磁色の頭を撫でつつ。
「実技でつまづいたら、何時でも聞きにおいで。玉結びから洋服の縫製まで、何で・・・」
ふいに蘇芳の言葉が途切れた。渡辺の頭上から手を離し、ポケットから携帯を取り出す。
「どうしました?メールですか?」
「いや・・・ちょっとね」
首筋の後ろ辺りがちりっとしたんだよ、とこれは口に出さないでおく。
蘇芳は携帯の液晶が写し出した背後の風景を、丹念に覗き込んでいた。
省エネモードで暗い携帯の液晶は光を反射し、簡易な鏡の役割を果たす。
「うーん」
「先輩?」
「・・・宗ちゃん、昼休み暇?」
「え?あ、はいっ!」
蘇芳はパタッと携帯を折り畳む。
「たまには昼飯一緒に食うか?奢ってやるぞ~」
それを聞き、怪訝そうだった渡辺の表情が、パッと明るくなった。
「ホントですか!?実は今朝は徹夜明けのせいかぼんやりしてて、お弁当忘れてしまって」
「よし、じゃ学食に決まりだな~今日の日替わり定食は確か・・・」
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