追跡者

5/8
24人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
青年は繁華街を抜け、細い脇道に入っていった。 「全く・・・面倒かけやがる」 化繊のジャンパーのポケットに手を突っ込んだまま、猫背気味の男が辺りを憚るような声音でぼやく。 この青年の登下校を尾行し始めて5日目なのだが。 通勤や通学の経路など、毎日毎日判で押したように決まりきっているものだ。 ならば「その機会」を伺うのは容易いこと、そうタカをくくっていた。 ところが、青年の足取りが掴めない。 5日のうち、5日とも全て異なるルートを辿っているのだ。 「今日こそ、チャンスかもしれんぞ」 もう一方の男はジャケットと同系の茶地に、グリーンのラインが入ったニット帽を目深に被っていた。隠弊された黒瞳には鋭利な光が潜んでいる。 この近辺の地図は頭に叩き込んであった。 「この先は開発予定地だったはずだ」 土地を買収し、中途半端に更地にしたところで資金不足に陥り、再開の目処はたっていない。 日中でも、人通りは少ない地域のはずだ。 「そう来なくちゃな」 男の猫背が少し伸びた。 左手をポケットから抜き出し、薬指に嵌め込んだ小型通信機のスイッチを押す。 「黒羊だ。任務を第二段階に移す」 『彼女の手料理は最高なんだ』と、言うのと同じような口調であった。 神のご加護を、という言葉を残し、通信が切れる。 前方の標的はT字路に差し掛かっている。二人は目配せした。 男達が駆け出したのは、青年が右折するのと同時であった。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!