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……昼、多くの生物にとっての活動機であり、夜よりも穏やかな時、『異変』は起こった。
─バサ、バサッ
太陽の光を健やかに浴びていた芝が、突如としてなびき始めた。しかしそれはある一範囲に限られた物であり、周囲の芝は優しい風を受け微かに動いている程度である。
風を自在に操る事の出来る天狗であれば、このような事など造作もないだろうが、草をなびかせる程度でわざわざ力を使う意味などない。
明らかに、小さな変化ではあるが、異常事態だった。
─バサッ…カッ!
やがて、その空間内に、数枚の紙が現れだした。本のページらしきそれはみるみる内に増え、光景の異様さを増大させた。
そして、芝のなびきが止まったかと思うと、紙の現出も止まった。
…しかし、そこにはよりイレギュラーな存在が加えられていた。空間の中心に、人間の男が立っていたのである。
「……おや?」
黒い神父服を纏った、その男は口を開き、不思議そうに言った。
「ローマではない…転移する場所を間違えたのか?」
男は怪訝そうな顔で辺りを見渡した。彼の周囲にあった紙はいつの間にか消え、風景は平然を取り戻している。しかしながら、最も普通でない彼が残っている。その上、その風貌もこの世界では珍しいものであった。
「…む?」
その彼は、洋館らしき建物に気付き、視界の中心に収めた。
「コウマ…カン?」
彼はその門に記された建物の名前を読み、口に出した。聞き慣れない名前、読み慣れない文字のためか、その口調はたどたどしかった。
しかしその時、彼は門に寄りかかる、一人の女性を見つけた。
「…もしもし、お嬢さん?」
男は、民族風の緑色の服に、赤い長髪をした女性に声をかけた。
「お嬢さん?ここは一体…」
彼は状況を理解するための、唯一の存在に向け呼び掛け続けた。…しかし、彼女からの反応はなかった。
「…寝ている、のか?」
彼は、女性の表情を見て、先程からの無視の理由を解した。女性の目は両方ともつむられ、呼吸の度に体が揺れていたのだ。
「全く、こんな所で…っと」
男は開いている門から、建物を外観した。彼は暫くの間そうしていたが、突然、その門を潜り敷地内へ入っていった。
「この感覚は…中に何か居るようだな」
建物の玄関へと、彼は足を進めていった。その口端は、頬までつり上げられていた…。
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