忘れもの、その1(野球の匂い)

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グラウンドではフリーバッティングが行われていた。 入部したばかりの一年生だろうか。外野で数人が球拾いをしている。 一年の頃からクラスは違ったが話す事が多かった立石康彦が後輩について語っていたのを思い出した。 ヤスはちょうど右打席に入ってフリーバッティングをしていた。 相変わらず気持ちの良い音を出しながら、新入生を前に後ろにと走らせていた。 広角方向に長打を打ったのを最後に、 フリーバッティングを終えたヤスがこちらに来て話かけてきた。 僕に気付いていたのだろう。 「おぅ、珍しいなー、雄梧が見に来るなんて。ラストのバッティング見たか?あれはうまく打てただろ」 とヤスは言った。 「少し体が開いてたけどな。あのコースの球をあそこまで飛ばしたのには…少し驚いたよ。ただ、見逃せばボールだ」 と僕は言った。 「うっせぇよ、素直に褒めろよ」 とヤスは笑って言った。 立石康彦と初めて会ったのは中学二年の県大会、準決勝の時だ。 僕の決め球、カーブをスタンドに運ばれた。 ホームランを打たれたのは初めての事だった。 試合は3-1で勝ったが僕は立石の名前を覚えていた。   その後、全国大会に出場したが準決勝で肩を痛め、試合にも負けてしまった。   今はもう完治しているが、野球をやりたいとは思わない。   なぜかはわからない。   きっと理由は一つではない。 それを追究する気もなかった。   しかしヤスがなぜ野球名門校ではない公立高校に来たのか、それはわかっていた。
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