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藤代さんはどこか寂しそうな笑みをうっすらと浮かべてドアを抑えている。
その表情はどこか不自然で僕を少し不安にさせた。
このままここにいたらどこかの組織が僕を捕まえにくるからここから逃げろ、ということなのだろう。
それはなんとかわかった。
そして僕をなるべく不安にさせまいとする藤代さんの想いを感じた。
僕は頭を下げて彼の横を通り奥の部屋にすすんだ。
最初に目に入ったのは穴のあいた天井だ。
くり抜かれたように1メートル四方の穴があいていてそこから細いはしごが下りている。
そしてほぼ同時に、部屋の奥でツナギのようなものを着ようとしている人が目に入った。
ツナギの下にはバンクロックをモチーフにしたような派手な服装が見えた。
一歩足を進めると後ろのドアが閉まり、鍵がかかる音がした。
何か嫌な予感がした。
もしかしたら僕を安心させておいて実は拘留するつもりなのではないかと考えた。
しかしその考えはすぐに消えた。
何も繋がらない。
香織が僕の家族を連れ出す?
母と弟家族と妹だろうか?
この人は藤代さんの優秀な友人らしい。
それにしては驚くほど若い。
高校生、いや中学生だろうか?
性別もよくわからない。男だとは思うが、女かもしれない。
僕がぼんやり考えていると不意に
「これを服の上から着な」
と男は言った。
男だ。
声を聞いた感じでは、やはり若い。
藤代さんが『彼』と言っていた事を思い出した。
男は薄いブルーの作業衣を僕の方に放り投げた。
僕は言われるがままにそれを着た。
作業衣を着ながら、僕は以前、ビルのガラス清掃のアルバイトでゴンドラに乗った時の事を思い出した。
やけに分厚いが、見た感じはあの作業衣に似ている。
…嫌な予感がした。
ガラス清掃員のフリをしてこのビルから逃げるつもりなのだろう。
根拠こそないが、そう感じた。
風に煽られて空中20メートルで揺れるゴンドラにしがみついていることしか出来なかった僕は、二度とこんなところに来ることはないだろう、と思っていた。
しかしもしかしたらゴンドラに乗って逃げるつもりで用意をしていたのかもしれない。
早めに心を決めておく必要がありそうだ。
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