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目の前のテーブルには金属の棒のようなものがいくつか揃って転がっている。
数えたくなんかなかったが僕は無意識のうちにその金属棒の数を数えてしまっていた。
8本だ。
部屋の角には入ってきたものとは別のドアがあり、その横には僕と結衣の間にあるものより一回り小さなテーブルがある。
他には馬鹿にしたようなプラスチック製の木があるだけだ。
僕は結衣がロストになるまで、彼女に何かを懇願したことはこれまで一度もなかった。
結衣だけではない。
多分父にも誰にも、強い想いで何かを訴えたことはない。
何かしらの願望はあってもそれは他者に伝わる前に僕の中でどこかへ消えていたように思える。
あるいは僕がどこかへ追いやってしまっていたのだろう。
しかし今、僕は心の底から身体全体で結衣に訴えかけていた。
しかし結衣は何も言わない。
目の前に座っている僕を部屋の装飾物か壁のように思っているのかもしれない。
僕は無意識に身体を乗り出し、結衣にキスをした。
なぜこうなったのかはわからない。
しかし時間にして2、3秒、確かに僕は結衣の体温を感じた。
同時に、彼女の唇が微かに震えた気がした。
乗り出した身体を戻し、立ったまま結衣を見た。
結衣は涙を流していた。
眼はほんの少し赤くなりながら涙を溜め、頬には左側だけ一筋の線ができていた。
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