桜の世界に

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晴れの日に雪が降ったらこんな風に見えるのかもしれない。 僕はそんな事を考えながら 桜の木の下でぼんやりと四月の空を眺めていた。     …桜が散ってゆく。 薄い桃色の光を反射させながらゆっくりと… 時間もゆっくり進んでいるように感じられた。     「綺麗ね」 散り続ける桜を見ながら結衣が言った。 晴れの日の雪のイメージからうまく意識を切り離せないまま、 僕は聞いた。 「さらわれたかいはあった?」 隣を見ると目が合った。 彼女は微笑み、 また桜を見た。 今頃はクラスメイトが噂しているかもしれない。 隣の席同士の二人が同時に学校からいなくなったのだから。 昼休みに思い立って、かなり強引に連れて来てしまったのだ。 結衣とは学校ではほとんど話をしていなかったし、 僕らが付き合っている事はほとんど知られていない。 隠しているつもりはなかったが、わざわざ言う事もないと思っていた。 それはおそらく結衣も同じだろう。 高校の入学式の日に結衣と再会してから約一年… 結衣とは小学6年生の時に初めて同じクラスになり、隣の席だった事もあり話すようになった。 僕は彼女の物静かな所や 優しい喋り方、綺麗な字、 それに姿勢などが好きだった。 彼女の隣に座ると、猫背の僕は何だか自分を格好悪いと感じていた。 それから意識的に背筋を伸ばすようになった。 今ではたまに姿勢が良いと言われるほどだ。 おそらく初恋だったのだろう。 中学に上がり別々の学校に進んだが、僕はときどき彼女の言葉や凛とした雰囲気、とても良い姿勢などを思い出していた。 高校の入学式の日に彼女を見た時の事は、鮮明に思い出せる。 …今、こうしていることはとても素敵な事であり 結衣といる時間は、何にも変えられない大切なものだと感じていた。 2007年、四月の晴れた日の昼過ぎ… 世界は静かで優しかった。
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