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 知沙は交差点で立ち止まり空を見上げた。空は青く太陽が眩しい。汗が滲み出てくる。  この日、今年最高の気温38度を記録した。  突然、けたたましいクラクションの音が知沙の耳を襲った。知沙は不機嫌そうに音の方向に視線を向けた。中年の男が車の窓から顔を出し、何やら怒鳴っている。  知沙は男に冷ややかな笑みを返し、足を進めようとした時、信号が赤であることに気付いた。  排気ガスにまみれながら、行き交う車の列を見ていると、まるで蟻の行列のように思えた。  蟻の大群が餌を運ぶために行き来している様子が頭に浮かんだ。  信号が青に変わると、知沙はクラクションの男に送ったと同じように、運転手達に冷ややかな笑みを投げ掛けながら、交差点を渡った。 (こんなに暑い中、ご苦労様です)  もう一度空を見上げながら、胸の中で呟いた。  知沙は部屋に戻りシャワーを浴びた後、鏡に向かい頬をそっと撫でた。大きく真横に走るケロイド状の傷痕。  中学3年の時に自ら付けた傷だ。さらに知沙の手首には無数の傷がある。  高校に入った頃からリストカットを繰り返してきた。何度か生死の境を彷徨ったこともある。  そんな知沙を心配した両親は、大学病院の精神科に連れて行ったりもした。しかし、詳しい検査もせず、少々欝気味と診断し、安定剤を渡されただけだった。  治療に前向きな時期もあったが、今では薬すら飲まなくなった。  鳴ることのない携帯を弄びながら、電話帳を検索してみた。話をする相手がいるわけではない。知沙の携帯には、わずか五件程しか番号が入ってない。  実家とこの前まで勤めていた会社、元彼。後は通院していた病院と宅配ピザだ。  登録してある番号の一件ずつに話し掛ける。返事などもちろんあるはずがないのだが、一時間ほど楽しんだ。  元彼の番号を表示して話し掛けていると、知らないうちに涙が流れていることに気付き、我に帰った。  むなしさが知沙を襲った。知沙は登録を全部削除して、そのまま横になった。
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