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◇境界を越えて◇ -1-
「結構です。その状態で、はっきりと決断が出来る。それは賞賛に値すべき事でしょうね」
少女がにっこりと微笑み、そしてこちらに向けて手を伸ばす。
その指先が弾かれ、小さく音が鳴ると同時。○○の視界にあったもの全てが入れ替わった。
そこは白色の壁に覆われた大きな部屋だった。球状の室内の中央には、大樹の切り株によく似た台座があり、その上には巨大な本が一つ。支えも無く、ふわりふわりと浮かんでいる。
「では、始めましょうか。おいでなさいな、”迷い人”さん」
いつの間にか、もう一つの影の姿は無く。その台座の上に立った黒衣の少女が、不思議な呼び名と共に○○を手招きする。
呼ばれている。まだはっきりとしない意識の中、それだけを把握する。
部屋の隅にぽつんと立っていた○○は、声と笑みに引き寄せられるように、ふらりと彼女の傍へと歩み寄った。
「”挿入栞”をーー今、貴方が持っているそれを、貸していただけますか」
少女が指差すのは、○○の手の中にある剣の形をした奇妙な物体。元々彼女がつい先刻渡してきたもので、これが自分のものであるという意識は薄い。言われるままに差し出すと、少女の笑みが一段と深くなった。
「今の貴方が、ここでの出来事を覚えていられるかは判りませんが、これだけは伝えておきます」
波打つスカートを翻して、少女は○○に背を向ける。その先には、支えも無く宙に浮かぶ一冊の巨大な本がある。
「ここは人々が生きる世界の外側。幾多の世界を収めし命の揺り籠。そして私は、その世界達と人々をただ見守り、定める者」
その本は奇妙な形をしていた。まるで四角い箱のようなシルエットに、複雑かつ硬質な装丁。背表紙となる筈の部分には独特な装飾が施され、その中心には深い切れ込みが一つ。
「今から貴方という存在を、この書物の中ーー”群書”が構築する世界へと挿入します」
(……本の中に、入れる?)
突拍子も無い発言に、○○が目を瞬かせる。
振り返った少女は、○○のその様子を見てくすりと笑った。
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