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だが、あれは夢ではなかったのか。あんな荒唐無稽な話、現実と認識する事こそ無理がある。
『ああ、成程。確かに、まるで夢のような話なのかもしれませんね』
くすくすと、少し意地悪げな声が耳の奥で響く。
『けれども、そうですね。今貴方の居る世界が現実だとするならば、私が居る“箱舟”は確かに夢なのかもしれません。逆に、貴方がそこを離れて箱舟の中へと移ったなら、その時はその世界が夢で、箱舟こそが現実となるのでしょうね』
「…………」
まるで禅問答のようだ。今ひとつ理解できず、首を傾げる。
そんな○○の内心を察したか、響く娘の声からは笑みの要素がするりと抜けて、淡々とした調子に変化。
『ごめんなさい。深く考える必要はありませんわ。所詮は言葉遊び、些細な認識の違いという話ですから。夢に限りなく近い現実、現実に限りなく近い夢。その二つに大きな差異は無い、という話です』
やはり今ひとつ理解できないままだったが、確かに彼女の言う通り、話を続けてもあまり実のあるようなものではなさそうだ。
○○が軽く肩を竦めてみせると、またくすりと耳元で小さな笑い声が一つ響いて、
『では、お喋りはこの辺りにして──貴方を今居る“群書”の世界から“こちら側”へと抽出、顕現化します。意識を保つ事は難しいと思いますが、その辺りはご容赦を』
言葉を最後まで聞く前に、ぐるりと視界が回転する。
意識が急速に遠退き、世界が暗転し、まるで眠りの中に落ちるような。
「────」
その間際。
曖昧となった世界の隅に、独り。
小さな影が、じっとこちらを見ているような、そんな──。
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