【エルアーク】

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◇故無き逃走劇◇ ―1― 肺に空気という名の燃料を叩き込み、朝霧に濡れた土を蹴る。 森の中。○○は道無き道を一人、まるで追い立てられるように走っていた。 いや、実際に追われているのだ。 駆ける足を緩めず一瞬後ろを振り返れば、揺れる木々、葉々の向こうに、巨大な影が揺らいで見えた。影が上下する度に深く鈍い振動が響き、同時に茂る枝木が割り裂かれる音も届いてくる。しかも、轟く音の間隔は、先程よりも短くなっている気がした。 このままでは追いつかれる。○○は既に限界を訴え始めている身体に鞭打ち、走る速度をさらに上げながら。 何故こんな事になっているのか、と。 先程から走り詰めで、いい加減朦朧とし始めた頭を何とか働かせ、その発端を思い出そうとする。 確か――。 そう、確か、始まりは穏やかなものだったのだ。 頬に落ちた水滴に○○が目を覚ませば、そこは深い森の只中。大樹の根に寄りかかるように倒れていた。 何故こんな場所に自分は倒れているのか。 ○○は未だぼやけた意識をはっきりさせるように、二度程頭を振ってから、ゆっくりと上半身を起こし、周りを見る。 木々は朝焼けの色に染まって、辺りには薄い靄がかかっている。緩やかな風が時折、○○の頬を撫でて、同時に葉がかさかさと揺れる音が響いた。まだ鳥達も眠っている時間なのか、並び立つ樹木の間から囀りの音等は聞こえず、ただ風により生まれる音と、己の呼吸音だけが静かに、 「ーーーー」 声がした。 動物の声等ではない。人の声。それも、高く穏やかな少女の声。 振り向く。○○が寄りかかっていた大樹の傍に、一人。その声の主が立っていた。 黒色のドレスに身を包んだ少女は、くすんだ金色の髪を柔らかくゆらしながら、○○の目をしっかりと見て微笑みを浮かべ、そして未だに腰を下ろしたままの○○へと手を差し出した。image=264650218.jpg
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