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「アタシ最近、引っ越したばかりなんだ」
紀之が、私の手を優しく包んだ。
あのころと変わらない綺麗な長い指。
爪にはキラキラとネイルアートが施されていて、中指にあるピンクゴールドのリングが上品に輝いていた。
まるで手自体がアクセサリーのように。
私よりずっと美しくて女らしくて、凛としていて格好いい紀之。
何も変わっていない。
あのころ、紀之とつきあっていた頃、私が紀之に抱いていた感情は、憧れでもあったのかもしれない。
鼻水をふきたかったけれど、紀之の手の温もりを感じていたくて、私は気づかない振りをした。
紀之は、片手でピンク色のハンカチを取り出して、私の鼻をふいてくれた。
ハンカチも紀之の練り香水のいい匂いがした。
「ねぇ、アタシ達一緒に暮らさない?」
鼻水が、再び垂れた気がした。
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