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私は振り返らない。
見送ることもせず、カウンターに座ったまま。
歩き出す前にトシが優しくぽんぽんと頭を撫でてくれた。
そのまま、何も言わずにトシは私から離れていった。
カランカランと店の扉が開く音がして、アゲハさんのありがとうございましたぁ~と言う声が響く。
顔を上げると、カズ君が目の前にロックグラスを置いて、氷を入れずになみなみとウイスキーを注いでくれた。
「別れ話で泣かない良い女、俺好きだよ」
いつの間にか隣に紀ちゃんが座っていた。
「頑張ったじゃない。ご褒美に今日は上がりにしてあげる」
紀ちゃんはそう言って、持っていたグラスを掲げた。
「乾杯」
今更だけど涙がこぼれた。
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