324人が本棚に入れています
本棚に追加
後退し続けていたが、後ろに壁が当たり、そこで尻餅をついた。目の前にはドラゴンと思しき化け物が今にも俺に噛みつこうとしており、後ろは壁。微かに残っていた俺の理性がこの状況を理解し逃げ道を確保しようとフル回転で働くが、逃げ道は一向に見つからず、ただこいつとの距離が縮むだけだった。
そいつはゆっくりと口を開けた。今の俺の視界には、鋭い牙がズラリと揃った口腔しか映っていない。独特の獣臭さといったものがなかったので妙な違和感を覚えたが、そんなことは気にすべきことではなかった。
くっ……! 冗談じゃねえぞ。ここで訳もわからず俺の人生は終わるわけにはいかない。そう思ってはいるのだが、脳がはじき出す答えは、完全に逃げられないということだけだった。
頭が真っ白になっていくのを感じながら、ふと思い出した。人間には精神の破壊を防ぐため、自ら気絶することもできるようになっていると。
薄れゆく意識の中で最後に目に映ったのは、口を閉じてどこか悲しげな表情をしている紅いドラゴンだった。
○
あたしは人間の姿になった。祐介君が気絶しているのを確認した後、ぱっと見ると自分の体重の二倍近くはあるだろう祐介君を軽々背負って隣の祐介君の部屋へと連れていった。
ゆっくりとベッドへと寝かせた。安らかとは言い難い顔を見て、気分が沈んで泣きたくなってくるのをこらえながら掛け布団をかけた。
「……ごめんなさい。これが夢だったと思ってくれればいいんだけど……」
部屋から出ようとドアを開けたところで、あたしは後ろを振り返った。
「……おやすみ、祐介君」
○
最初のコメントを投稿しよう!