第一話 居候の秘密

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「……あー、わかったよ。ったく、仕事の予定くらい忘れんなよ」 「まあ仕方ないじゃない。忘れるっていう行為は精神を保つために必要なことなのよ。祐介だってこれまでに他人には言えないような失敗をしたことがあると思うけど、もしその記憶が全く薄れなかったとしたら大変でしょ。それだけじゃなくて、もし忘れることができなかったら、たとえば命の危機に直面したとして、そのときの恐怖を忘れずに生きることなんて不可能じゃない。とにかくね、忘れるっていう行為は大事なのよ、本当に」 「確かにそりゃそうだろうが、それは忘れ過ぎだって言ってんだよ。とにかく、俺にそんな御託を並べている暇があるなら早く行った方がいいんじゃないか?」 「あー、まあ、そうねー。えっと、それじゃ、行ってきます」 「へいへい。行ってらっしゃい」  父さんと母さんはほぼ同時に出て行った。  さてと、それじゃ長月を起こすとするか。 長月の部屋の前まで来てふと思った。昨日俺は何時に寝たのかが思い出せない。確か、長月が着替えているところを目撃してしまい謝ったところまでは覚えているが、それ以降の記憶は靄がかかっているように不明瞭で何一つ思い出せない。それに、なぜか俺は昨日の服のままだ。風呂に入るのを忘れたのだろうか。  そういえば、なんか悪夢を見たような……。内容は忘れてしまったが、ひどくショックを受けたような気がする。確か長月に呼ばれて部屋に行って……そこからがわからない。  まあ、多分そのとき俺は睡魔か何かに襲われていたんだろう。……昨日は一日の半分以上を寝て過ごしたような気もするが。……いや、それとも俺の身に何か起こったとか? 『命の危機に直面したときの恐怖を一生抱えて生きることなんて不可能』なんて母さんは言っていたけど、そんなことがやたらめったらあるもんじゃないしな。さて、さしあたり気にすべきなのは、忘れた原因じゃなくて、昨日長月とどんなやりとりがあったのかを忘れてしまったことだ。
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