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「――私…私は…ね、蒼理さんのことをそういう目で見たことは一度もないの。
互いの親同士が決めたことで、私にはそんな気持ちはないの」
「――ふぅん……
あいつ、見たところ、良家の跡取りだろう?」
「そう、蒼理さんはすぐ近くの大きな酒屋に長男よ。
本来私には勿体無いくらいいい話なのも分かってる。
でも、家のためと思っても、どうしても気が進まない。
――出来れば、自分の好きになった人と一緒になりたかったな」
淋しさと切なさに、笑うしかなかった。
突然ふ、と私の頬に、師走の手が触れる。
その手は何処か冷たく、それでいて何処か暖かかった。
「――泣くな。
俺は泣いてる奴が嫌いだ。
泣く前に自分に出来ることをするべきだろ」
私はいつの間に涙を流していたのだろう。
けど、少し楽になった。
「ありがとう」
ぐすぐすいいながらの言葉。
「何で礼を言うんだ?」
そっけなく、それでいて何処か優しい少年は、眉をひそめながら言った。
「いいじゃない。
私、この件に関して、誰かに本当の気持ちを言ったのは初めてなんだから」
私が言うと、師走が少し目を見開いたように見えた。
それは、一瞬のこと。
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