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ある季節外れの雪の日。
京の村外れにある、とある店。
この見世物小屋には、肌を刺すような寒さにも負けじと人々が集まっている。
客の前には、店の主と思われる初老の男と、その男に腕を掴まれ目隠しをしている一人の娘がいる。
その娘は、慣れているのか逃げようと暴れだす事もなく、されるがままに座っている。
「さあさあ、皆さん。この娘、叩いても殴っても、はたまた切りつけても、涙を流すどころか痛がりまへん。ささ、どなたか試してみたい言う方おりましたらどうぞ。」
ざわつく客達。
そこに一人の男が声を上げた。
江戸者の様だ。
「そうは言ったって、ご主人。見たところ普通の娘じゃねえか。それを理由も無しに叩くなんざぁ、ちょいとできねえよ。」
「まるで鬼畜だ。」
となりに居たもう一人の連れであろう男が、へらっ、と笑いながら言う。
それに同意する客達の声が上がり始め、にわかに騒がしくなり始めた時、主人が話し出した。
「それでは失礼ながら、私が皆様にお見せ致しますわ。」
そう言うと、主人は懐から小刀を出し、掴んでいた娘の腕に刃を当てた。
そして躊躇う事無くその手を引く。
当然ながら、娘の腕からは血がじわり、と滲み始める。
それでも娘は声を発する事も無く、座したまま。
恐怖で身を捩ることも、痛がる事もなく。
「ご覧くださいな。この通り。痛みを感じる事がありまへんのや。どうでっしゃろ、日頃の溜まった鬱憤を晴らすも良し、もちろんただ試しに、という方も大歓迎どす。」
そう言って主人は女の目隠しを取る。
客達は先程とは別の意味で騒ぎ始めた。
それはそうだろう。
痛みを感じない人間など、この世にいるなど信じられない。
加えてこの女。誰しもが吸い込まれそうな、不思議な目をしている。
すべてを分かっているような、純粋な、目。
一連の出来事を目の前で見せつけられた客達は驚きに興奮し始める。
「試してみたい方はこちらにお並び下さいな。今なら通常より半分の額で御奉仕させて頂きますよって。」
まるで餌に群がる魚の様に、次々に客――男達が並んで行く。
当事者である女はその様子を腑抜けた様に見ている。
すると、一人の男が女の目に写った。
(あの人、ここ一週間ずっと来てる…)
女はその男を目で追った。
その男は主人と何か話している様であった―…。
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