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月日は流れ、男達との出会いから一つ年を越した。
とは言っても、女の記憶にはあの男達は残ってはいないが。
女は相変わらず同じような毎日を過ごしていた。
今日も殴られ、切りつけられ…痛くはない。
しかし、痛みを感じないという事は、自分の体の危険信号を感じ取れないという事だ。
もう、体力的にも、精神的にも弱っていた。
生きていく上で、致命的な欠陥を持ってしまったこの女、最初からこの体質になったわけではない。
この時代に来てからだ。
そう、この女、2007年から幕末にタイムスリップしてきたのである。
こちらに来てから一年経ったので、今は2008年だろうか。
初めは心優しい老夫婦に拾われた。
どこの馬の骨とも分からない、怪しい身形をした女を助け、愛情を注いでくれた。
しかし、その老夫婦が他界してしまい、女は村の人々に忌み嫌われるようになったのだ。
現代の個人の尊重などという考えは皆無に近いこの時代。
人と違いすぎる女を、村人は追い出す為に隣の村の見世物小屋に売ったのだ。
女は高いところに窓枠がある、閉鎖的な部屋に閉じ込められている。
逃げられやしない。
(…良い事なんてあるんだろうか。)
僅かに見えるしんしんと降る雪を見ながら、自分の行く末を案じていると、戸が開いた。
突然入った光に思わず目を細める。不思議な事に、今日は晴れているのに雪が降っていた。
入ってきたのは、この店の主人だ。
「お前に客や。早よう出て来なはれ。お待ちかねや。」
そう言うと、女の手を引っ張り一つの部屋に通した。
直感的に、おかしい、と。そう思った。
いつもはこの様な部屋を使わない。
「お待たせしましたなあ、岩崎はん。ごゆっくりどうぞ。」
猫なで声で主人が言い残し、部屋から出ていった。
閉められた障子からは、中の様子も、またこちらから外の様子を伺い知る事ができない。
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