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隼人の車は、劇場の地下にある駐車場へと入って行った。
空いているスペースに車を入れ、アクセルをひと吹かししてエンジンを止めた。
「よし!着いた」
隼人はシートベルトを外し、ドアを開け、体を左に捻ろうとして助手席の弦の不自然さに気が付いた。
弦は真正面を向いたまま一点を見つめ、車を降りようとはしなかった。
隼人は
「どうした?車酔いか?」
そう言って開けていた運転席のドアをまた閉めた。
弦はボソっと
「まるで…本ベルが鳴った緊張感だ…」
と、言った。
しんと静まり返った駐車場とエンジンの止まった車内は、弦の心臓の鼓動が聞こえてきそうで、それは弦の気持ちをますます昂らせていた。
隼人は敢えて、
「な~んだお前。もう緊張してんの?早すぎだよ~」
と、明るく言うと、
「お前は“場かず”踏んでるから判んないだろうな…」
と、弦は言った。
さらに続けて、
「俺は名もない“三文役者”だから…これから起こる全てが、何だか場違いの様な気がしてな…」
そんな弦の様子にそれまで緊張感などみじんもなかった隼人にも、妙な緊張がジワっと襲ってきた。
―まずい…俺まで緊張してきた……いや、ダメだ…俺がここで緊張するわけにはいかない―
そう思って、無理に明るく、
「だから、楽しむんだって!芝居を!楽しくやれたらそれでいいじゃん!」
と、弦の肩の辺りを叩いた。
弦は暫く考え込む様子で、
「ああ…そうだよな…。楽しまなくっちゃな…所詮、下手くそなんだから…」
自分自身にそう言い聞かせたものの、簡単に気持ちを落ち着かせられる訳もなく、黙ったままシートベルトを外し、隼人より先に車を降りた。
そして、緊張を振り払うかの様に、思い切り車のドアを閉めた。
隼人も、苦笑いしながら車から降りた。
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