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「カット!カァーット!こらぁ!何やってんだ!てめぇ!エキストラくせに目立ってんじゃねぇ!さっさと泥水に頭突っ込みゃいいんだよ!!」
ピンと張りつめていた緊張の糸が監督の怒号で途切れた…。
「監督!休憩しましょう」
この映画の主役の東条が重たい空気をブレイクさせた。
―東条隼人(トウジョウ ハヤト)。
28歳。
高校を卒業後、役者を目指して上京し、若手の頃から主役を任され数々のドラマや舞台をこなしてきた。
監督や演出家の評価も高く、今や老若男女問わず人気のある男優である。
「チッ。ったく…。しょうがねえなぁ。それじゃ10分休憩~っ」
監督は渋々撮影を止めた。
本当なら役者はもとよりスタッフが怒りだすところだが誰ひとりエキストラの男をとがめようとしなかった。
東条はマネージャーの差し出したコーヒーを受け取ると
「ゴメン…もう一つ頂戴」と催促した。
マネージャーは誰の分?とけげんな顔をしてコーヒーをもう一つ持ってきた。
東条はそれを受け取ると、撮影を止める原因をつくったエキストラの男に近寄って行った。
「お疲れ…さっきはありがとう…みんな疲れてっから、丁度良かったよ」
そう言って左手のコーヒーを差し出した。
地べたに倒れて泥まみれになっていたエキストラが、
「だろー?だよねー!」
と言いながらおもむろに立ち上がった。
「えっ?」
予想外の反応に東条をはじめ周りにいたスタッフも驚いた。
泥まみれの顔が満面の笑みで
「隼人!久し振りだなぁ~」
と両手を広げて近付いてきた。
「……ン?…あ!」
東条は一瞬、自分自身の耳を疑った。
聞き覚えのあるその声の記憶をたどると、泥だらけの顔を、慌ててぬぐい落とした。
「弦…? 弦なのか?!」
「おぉ!そうだ!!」
「何だよ!久っさし振りだなぁ~」
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