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誰もいない家の中、そこに一人ポツンとうずくまっているのは僕の者。光もなく、音もない。まるで檻の様。
お父さんとお母さんは僕の事を覚えているだろうか?僕はお父さんとお母さんの事忘れてないよ。
玄関から外の世界を見渡せば、門には『立入禁止』と表記されてある貼り紙の数々、それらを中心に手入れされずに枯れた草が広がる焦げ茶色の庭。空は淀み、見上げた場所の灰色から時折、透明の滴が落ちてくる。その場所で僕という個体は透明に染めらていく。染められる度に込み上げてくる感情に僕はまだ慣れる事はない。この空を受け入れる事はできるだろうか。
僕にとってこの空は『あの日』から永遠に続いている様だ。もしこの空が晴れても僕の中に灰色がある限り、淀んで見えるのだろう。
濡れた前髪から滴る物が僕の視界を阻もうとする。見えない、いや見ようとしない。それを直視できる程、僕の心と身体は大人ではないのだから。心臓を鎖で縛りつけられるような窮屈感を吐き出そうにも吐き出せない。自分の欲しがっているものを上手く表現できない。
世界は僕を置いて進んでいく。泣いても誰も助ける事はできない。僕が泣かないから空は代わりに泣いているんだ。
その心は既に傷付く場所などない筈なのに、既に古傷の筈なのに時折、真新しい傷のように痛み出す。
一度無くしてしまえば、二度と手に入らないものを僕は無くしてしまった。無くしてしまったという虚無感に代わりに埋め合わせる事ができるものなど何もない。埋めるどころかこの虚無感は僕の中で浸食を止める事を許さない。
これは僕に与えられた罪でも罰でもない。ならばそれは宿命的なものであった。
まだそれを受け入れられない自分が酷く弱いように見えた。
『僕は……いや、オレは…』
お母さんは僕が『オレ』と言うのを嫌った。見た目も声も幼い僕には似つかわしいからだと。だけど今、僕は不自然にも使っていた。少しでも強くなれる気がしたから。
『オレは…この空が嫌いだ』
この日から僕は『オレ』になった。
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