終わりと始まり

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――――― 彼はこの世で最も大切な物を世界のどこかに隠した。自分意外の誰にも渡したくはなかったからだ。 もしかしたらそれは自分の物ではないのかもしれない。隠した事で世界から追放されるかも知れない。だが別に認められなくてもいい。 認めてもらう必要がない。肯定も否定も損得の領域ではないから。ただ何かを侵してしまった事には心のどこかで理解していた。ああ、今日も空は灰で淀みきっている。言い訳の雨が彼に吸い寄せられるように降ってくる。 そしてとうとう彼は満足してしまったのだ。ただ『強欲』のままに。 ――――― 薄暗かった景色が不意に鮮明な朱色と化す。夕方の陽が廊下へと差し込んできてまるでこの場所だけ世界の終わりのような景色と化していた。先程まで血眼になって牙を剥き出していた男は廊下の床に差し込む朱色と一体化している。 うつ伏せになっている男の瞳孔は開き、薄汚いローブは更にボロくなっていて風が吹く度布が千切れて形を崩していった。どうやらオレは頭を強く打ちつけたらしい。男が目の前で絶命しているのを理解しながらも何の感情も湧かない。それは単に彼への思い入れがこれっぽっちもないからだというのが理由の一つなのは明白なのだが、それよりも大きな事態に自分の身が置かれている事を理解していたからだろう。 「………」 この静けさを放つのは自分ではない。この空間でもない。他の誰かが意図的に発しているのだと予感した時、斜め後ろから声が聞こえた。 「アイオーン、組成を間違えたな。この馬鹿者め。普段通りにやっておけば良かったもの…珍しい事をするからだ。だいたいお前は…っ!」 静けさの原因はオレの聴力が回復するまでに時間がかかったからだろう。先程から長々と誰かに向かって説教していた(であろう)人物はオレの方に視線をやると急に言葉を詰まらせてしまった。 声でまず認識できたがどうやら女性のようだ。純白のローブを身に纏ってフードを深く被っているので容姿全体は認識できなかったが驚いた時に一瞬フードからちらついて見えた印象的な琥珀色の瞳と鮮やかな緑色の頭髪は脳裏に焼き付いた。 「あんたは…一体?」 と訪ねるもの、 「私は…」 少し言葉を詰まらせた後、 「いや、そんな資格…私にはもうはない」 蚊の鳴くような声で小さく漏らした言葉はどこか悲しそうにも聞こえた。それを認識した時既に彼女の姿は消えていた。
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