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「マルちゃ~ん、おっそ~い」
オレの事をマルちゃんと呼ぶ女性の声が投げかけられる。彼女の肩まである内側に巻いた髪の色は人工的に染色された金で薄暗い部屋でも存在感を放っていた。胸元の開いたスーツ、丈の短いスカートから覗く網タイツを纏った細い脚を組んで椅子に腰掛けている。長いまつげ、眼鏡の奥で色気を漂わせた瞳がこちらを見つめて…。目の前の光景を見ると思わず入った店を間違えたんじゃないかって頭が混乱する。
一見、教師らしからぬ風貌のこの女性がオレの担任、『大地葵‐ダイチアオイ‐』。みんなからは『だいちゃん』と呼ばれている。
「マルちゃ~ん、ポマードをいじめちゃダメって何回も言ってるでしょ~?」
社会科担当のポマードは部屋の隅で今にも悶絶しそうな表情を浮かべ、右足を押さえていた。彼の右足に何があったかは神のみぞ知る。
「ごめんなさいは~?」
「……」
そこでオレは黙り込む。自分の事を棚に上げて謝罪させた挙げ句、ポマードの右足の件もオレになすりつけるつもりだろ。なんという鬼畜、オレを退学にでもさせたいのか?
「へぇ~そうなんだぁ~」
オレがこのまま沈黙を守り続ける事を理解しただいちゃんはフッと清々しい表情になる。そして徐ににマイクの電源を入れた。
《まさかあの体勢から机を持ち上げて、あんなプレイに走るなんて私はてっきり亀の…》
うわあああああああああ!!
「すみませんでしたあああ!二度としません!ごめんなさあああい!」
自分が必死で謝っていた事に気づかなかった。我に還り、ハッとするとだいちゃんが「勝った」と言わんばかりの憎たらしい表情で頬を吊り上げて笑っていた。
「マルちゃん今度からはこんな事しちゃダメよ~?今回はポマードもケガの事は許してくれるそうだから~」
床に転がったポマードに視線を投げかけると彼はすでに粉でも被ったかのように真っ白になっていた。社会の授業では計り知れない歴史が彼の右足に刻まれた瞬間である。
それからというもの、だいちゃんのよく分からない話を散々聞かされて、「もうお話する事なくなっちゃった~」とか言い出した頃には部屋の外に追い出されていた。
「ココワドコ?ワタシワダレ?ワタシ達ガ出会ッタノッテ、キット運命ダヨネ?」
「……」
記憶喪失になったポマードと一緒に。
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