契約を交わして

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セバスチャンは庭に居た。 庭師のフィニアンを探していたのだが、愛する"彼女"を見つけてしまったのだ。 黒くしなやかな毛並みをもった黒猫…。 今のセバスチャンにおいて、たったひとつの癒しの寄り処であった。 ふくよかな肉球をふにふにと握っていると、何故かすごく癒された。 余程疲れているのだろう。 ふと目頭が熱くなる。 黒猫を膝に乗せ、その瞳を見つめた。 蒼く、美しい瞳。 坊ちゃんと、同じの。 「………私は…」 「あっ、セバスチャンさん!」 後ろから声が響く。 くるっと振り返ると後ろにはフィニアンが居た。 「何してるんですか?こんな所で。」 首を傾げるフィニアンにセバスチャンは、黒猫を離してぱんぱんと黒い燕尾服をたたく。 「いえ、丁度貴方を探していたのですよ。」 「僕を?お仕事ですか?」 きょとんとしてまた首を傾げる。 「草むしりは終わっているようなので、芝生を切り揃え、白薔薇を積んでバルコニーに持ってきてください。」 「はいっ、分かりました!!」 元気良く返答すると、踵を返して駆け出そうと足をふみだすも、ぴたっと止まる。 そんなフィニにセバスチャンは怪訝な顔をした。 「…?」 「セバスチャンさん、疲れてます?」 思わぬ言葉に目を丸くする。 フィニの顔は心配そうだった。 坊ちゃんもお気づきにならないのに…何故このバ…もといフィニに…? 「もしかして…僕等の所為ですか…?」 さらに不安気な顔になる。 セバスチャンは首を振り、小さく笑った。 「いいえ、そんなことありませんよ。心配いりません。」 「本当ですか?」 フィニが探るように見る。 セバスチャンはニコリと微笑んだ。 「ええ。」 「…そうですか、だったら良いです!」 にこっと笑い、駆けていく。 ある程度走ると再び立ち止まり、遠くから叫んだ。 「セバスチャンさーん!! 疲れた時はいっぱい寝て、いっぱい食べた方がいいですよ―!!」 そして道具を取りに屋敷へはいっていった。 「……食べる…ですか…」 悪魔の御馳走は他でもない、 人間の"魂"。 『本当は腹が減ってしょうがないくせに』 死神に言われた一言が浮かんだ。 確かに腹は減っている。 だが空腹なほど晩餐は美味しく腹を満たしてくれる。 だから私は契約を交わした。 貴方をお守りする為に。 私の美学の為に。
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