その女、美那岸 歩

7/10
前へ
/221ページ
次へ
バンッ! 車内に響く本を閉じる音。 閉じた本をカバンにしまい。歩はゆっくりとその場から動いた。 視線を先ほどの年寄りに向けると、そこには悠が倒れた年寄りに肩を貸している姿があった。 次に視線を不良に移すと、それを胸糞悪(むなくすわる)そうに見ている不良が写った。 「おいカス野郎。そこ退け!」 未だ座り込んだままの不良に歩がソレを言うと。言われた不良は『あっ?』と、歩を睨みつける。そして気付く。しかし、それはあまりに遅すぎた反応であった。 次にその男が見たのは、可愛い女の子ではなく。ユラユラと揺れる無数の手すりであった。 不良は再び歩に放り投げられたのである。 一日に二回も女の子に、それも同一人物に投げられる男はそうは居ないだろう。 そんな不名誉を、その不良は大衆の前で二度も晒したのだ。 「ふんっ!…さ、おばあさん席が“空いて”ますからどうぞ座って下さい」 一笑した後、歩は悠に支えられた年寄りに優しく手をさしのべた。 そして、おばあさんをゆっくり“空いた席”に座らせると。すかさず床に倒れ込む不良へと向きを変えた。 「…おいカス野郎。てめぇは次の駅で降りろ?」 彼女のスイッチが入った瞬間である。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

316人が本棚に入れています
本棚に追加