1章 『影』

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 ミチリ、という嫌な音がして、チンピラの身体が歪な弧を描いて半回転した。   そのまま横向きに身体を打ち付け、チンピラは歪む意識の中で必死に両手足をばたつかせる。冷え込んだ空気が周囲を包んでいたが、彼の全身を覆う痺れがコンクリートの冷たさを遮断しているようだ。男はまるで悪夢の中を逃げ惑うような感覚で、背後に迫る恐怖の根源を振り返った。    そこに立っているのは、一つの人影。―――言葉通り、それはまさしく『影』だった。                  全身が黒いライダースーツに覆われており、余計な模様やエンブレムは何一つ無く、ただでさえ黒い装束を、さらに濃いインクの中にぶち込んだような印象だ。駐車場の蛍光灯を跳ね返している部分だけが、ようやくそこに何かが存在しているという事を思い出させる。            更に異様なのは首から上の部分だ。そこには奇妙なデザインのヘルメットが据えつけられている。漆黒に染め上げられた首から下の部分に対し、その形と模様はどこかアーティスティックな雰囲気をかもし出していた。それでいて、漆黒の身体とは特に強い違和感を感じさせない。       フェイスカバーはまるで高級車のミラーガラスのように黒く、そこには蛍光灯の歪な点滅が反射するのみで、ヘルメットの中の様子はまったく窺い知れなかった。  「・・・・・・」            影はただ沈黙を吐き出し、まるで生命というものを感じさせない。男はその様子を見て、恐怖と憎しみが混じり合わせたように顔を歪める。            「た、たたたた、ターミネーターに追われる覚えは無ぇぞ、俺ぁよ!」       普通ならば冗談となりえるその言葉だったが、男の感情には欠けらの余裕も感じられない。               「な、な、何とか言えよ!なんなんだよ!一体なんなんだよ手前は!」       男から見れば、その存在はまったくわけがわからないものだった。いつものようにこの地下駐車場集まって、軽い『仕事』をやって帰る。商品を納入先に届け、新たな『商品』を仕入れる。それだけだ。普段と何一つ変わらない。いったい自分達になんのミスがあったというのか?一体何が原因でこのような化物を呼び寄せてしまったのか―――                  
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