車が見えない

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私は生まれつき先天性の病気を患っている。   簡単に言うと『車』って呼ばれている物が私の中には存在しない。   私はクルマが見えないしクルマに触れることができない。もちろん乗ることなんかできない。   それが私の中では当たり前。小さい頃からクルマとは関わらずに育ってきた。   そんな私の病気が治るかもしれない――   渡辺先生がうちに訪れ、そのことを知らされたのはついさっきのことだった。   「この薬であなたの病気は治ります。あなたの病気には実に興味がありましてね、初めて聞いたその時から研究を重ねていたんですよ」   渡辺先生は何色とも言い難い液体を差し出した。そして   「これ、置いていきます。あ、お代は結構ですよ。いい報告が聞ければ幸いです」   と言い残して立ち去った。   隣に座っていた母は何も言わず、私を見ていた。   「私飲むわ」   私は液体を飲み干した。   「……見える。見えるわ。あれがクルマ…。車なのね」   「裕美…」   「お母さん、車に乗りたい」   「…ええ、行きましょ」   母は車のキーを持って私の手を引いた。   「これが車…。お母さん、遊園地に行きたい。私遊園地で楽しいって思ったことがないの。でも今なら…」   「…わかったわ。行きましょ、遊園地」   30分後、車は家から一番近い遊園地に着いた。歩いたら三時間はかかるのに。   「見て、すごいスピードで回ってるわ」   「あれはジェットコースターっていうのよ」   「そう…それじゃあれは?」   「乗ってみる?」   「うん!」   私は『それ』に乗ることにした。   「綺麗ね。この車はゆっくり。速くない車もあるのね」   『それ』はゆっくり回って私を上へ上へと上げていく。   「ええ。そろそろてっぺんよ」   「…えっ?」   てっぺんに着いた。その途端私の体は宙に浮いた。そしてそのままコンクリートの地面に叩きつけられた。   どうして?どうしてなの?私の病気、治ったんじゃないの?       「先生、どうもありがとうございました。離婚してからは養育費が重なるばかりで…」   「いえいえお父さん、こちらも商売ですから」   「それにしてもどういう仕掛けだったんです?」   「仕掛けも何も、事前に観覧車の高さを調べてその高さに到達したとき、薬の効力が切れるようにしただけですよ」
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