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「なぁ、名前ってなんなんだろうな」
「はあ?いきなり何言ってんの」
「だってそうだろ。十郎とか変な名前つけられて、俺は一人っ子だっつーの。いっそのこと自分の名前くらい自分でつけられたらいいのに」
なんて思ったこともあって俺は自分の子供にまだ名前をつけていない。十郎なんて名前つけられた腹いせに『九郎』とかいう名前をつけてやろうか、なんてあほらしいことも考えたが、やめた。『苦労』だらけの人生になったらかわいそ。な、『 』。
お前の名前はお前自身で決めるんだ。好きな名前をつけていいぞ。うんとかっこいいやつをさ。
(うん、わかった。ありがとう、パパ)
それから何年が経っただろうか。あたしは未だ名前を持っていない。
あたしの人生…愚の骨頂、笑うがいいわ。あたしはこうして存在を消した。両親を葬り去ることであたしを知る者はこの世からいなくなった。そう、完全に。
あなたがあたしの前に現れるまではね。
「素敵…私の名前は『ゆか』。この名前好きよ。でもそうよね、名前ってよくわかんない。何なんだろう。私の存在価値?代名詞?イコール?違う。私はゆかであって『ゆか』じゃない。あなたにはわかるわよね」
『ゆか』は続ける。
「違うのよ。みんなが持ってる名前は社会的意味は持っていても主体となるそのヒト自身に関しては何の意味も持たないの。生き方に合わせて名前を持つかどうか、決定権くらいあってもいいわよね。あ、ごめんなさい。私つい興奮しちゃって口走っていたわ。でもね、私はあなたが羨ましいの。『 』になりたい。今の私に名前なんか必要ない。私を証明するのは私自身。極論、証明すら必要なくなってるんだけどね」
でもわからないよ、パパ。どうしてあたしの背中、こんなに熱いの。ナイフ…?
あたしは熱さの原因を取り除いた。そこにはナイフが実体化してあたしの手に姿を現した。
名前が無いってこんなに熱いの?
「私は『 』。あなたは『ゆか』。あたしは今消えたの。ええ、あなたのように」
『 』は私からナイフを取り上げて私の腹部をさらに一突きした。
「今までありがとう、ゆか。さようなら、ゆか」
そういって目から熱いものを落として『 』は暗闇へ消えていった。
名前が欲しい。願いが叶った瞬間でした。
さよなら、『 』。
ごめんなさい、パパ。
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