58人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし、喧嘩が強くなればなるほど、彼は寂しくなった。寂しさを感じなくなる程に。
一番彼に近かった祐実は楽しく笑う事がなくなり、高美もつられて暗くなる。両親ももはや何も言えなくなる。
そうすると必然として家族の空気は暗くなる。
大樹や両親はもはや慣れた空気だからいいが、姉妹にはこれは辛かった。
二人とも大樹はそばにいるはずなのに、心の寂しさで夜眠れず、何度涙で枕を濡らしたが解らないほどに泣き続けた。
毎晩毎晩、泣かない日は無かっただろう。頻繁に枕カバーを洗っていたから。
それでも直接何かを訴えなかったのは、それこそが気付いて欲しい、戻ってほしいというサインだろう。
しかし、ここまでせずとも、大樹自身、何も感じなかった訳ではなかった。
しかし今は不味い。まず自分の進路を決めなければ、ますます不安にさせてしまう。
そう考えた大樹は、公立の前期で工業高校の自動車工学科に進学を決めた。
バイトも素早くとり、4月から働く約束をしていた。
全ては、家族に余計な心配をかけさせないために。
高校卒業後、自分がさっさと自立するための準備だった。
大学に行くとしても、離れた大学に。
家族に心配をかけさせないために。家計は苦しくはないが、妹のために少しでも金を用意するために。教育には金がかかるからだ。
自分がいては、自分がいるから、どうせ自分には。そういう思考から抜け出せずにいた。
だが、必死で家に留めようとしたのが祐実と高美だった。
例えば風呂場で裸で入ったり。
例えば飲み物や食事に睡眠薬を仕込んで既成事実を作ろうとしたり。
それでも大樹の意思は固かった。
決してヤらなかったし、ヤらせなかった。
せめて姉の大学の卒業までだ。卒業すれば自分に構ってばかりはいられなくなる。
妹も来年は受験シーズン。勉強のことは姉に任せればいい。そう考えていた。
自分の分はきっちり払うから、ある程度の余裕は作る。
その思いでここまできた。
これも家族に対する愛だろうか?微妙なところであるが。
しかし、彼の家族はそんなことを望んでなどいない。
むしろ、家にいて欲しい。
今まで朝まで帰って来なかった事など無かったが、本当に寝るだけに帰ってくるかのような生活だった。
朝早く学校に行き、夕方に帰って来てからすぐに着替えて出かけ、夜遅くまで帰ってこないなどざらだったから、祐実なんかはほとんど会う機会が無い。
最初のコメントを投稿しよう!